ロバ日記

「延命治療」って何でしょう

延命治療については
以前からいろいろ考えていました。
あるブログを見て書いてみようと思いました。
それがこちら。
ほのさんのバラ色在宅生活
ほのかあさん(ブログ主)が取り上げたのは、
12/8にNHKで放送された「延命治療」についてのドキュメンタリー。
私はオンタイムでは見られませんでしたが、
こちらで見る事ができます。
(便利な世の中になったものですね)
NHKの番組の紹介文(抜粋)

腎臓の「人工透析」30万人。口ではなくチューブで胃から栄養をとる「胃ろう(経管栄養)」40万人。そして、人工呼吸器の使用者3万人。「延命治療」の発達で、重い病気や障害があっても、生きられる命が増えている。しかしその一方、「延命治療」は必ずしも患者の「生」を豊かなものにしていないのではないかという疑問や葛藤が、患者や家族・医師たちの間に広がりつつある。

透析や胃瘻、人工呼吸が「延命治療」とみなす様な言い回しに、
ほのかあさんは反対していました。
その通りだと思います。
ただ医療界でもそのような風潮はないと思います。
「透析や胃瘻、人工呼吸=延命治療」ではなく、
延命治療にこれらが含まれている事が多いと考える事が自然だと思います。
さらに言えば点滴1本でもそれに含まれる事があるということ。
「延命治療」という言葉を調べてみるとこうなっています。

快復の見込みがなく死期の迫った患者に、人工呼吸器や心肺蘇生装置を着けたり、点滴で栄養補給をしたりなどして生命を維持するだけの治療。      大辞泉より
生命予後不良で根治が見込めない患者に対し、人工呼吸や輸血、輸液などによって延命を図ることを目的とする。かつては広く行われてきていたが、尊厳死や医療費削減などの問題から見直される傾向にある。 wikipediaより

定義だけを見れば、
原疾患が治療できない患者さんにとっての治療全てが
延命治療に含まれている様です。
華子さんは透析を拒否しましたが、
この定義にそって言えば、
人工呼吸器をつけることも既に延命治療と言っていい事になります。
しかし多くの方はそうは捉えていません。
「延命治療」を「苦痛を引き延ばすだけのもの」や
「いたずらに命を長らえる治療」という意味にも
捉えられている事が多い様に思います。
延命治療をネットで調べると出てくる、
「胃瘻は延命治療ですか?」という質問はまさにその発想なのでしょう。
人によって意味が異なるという事は混乱の原因になりますね。
この番組が言う「延命治療」と
ほのかあさんが思う「延命治療」が異なるので
違和感を感じてしまうのだと思います。
私は延命治療と聞くとどうしてもある光景を思い出してしまいます。
それはみんな同じ方向を向いて、
胃瘻からの栄養を受けている高齢者がいる病院の大部屋です。
「同じ方向」というのは、
患者さんが自分自身で動く事が出来ないために、
褥瘡(床ずれ)予防として看護師が横を向けるからなんです。
いろいろな病院で幾度となく見て来た光景です。
そして、こんな疑問を持つのです。
「この患者さん達はこの状態を望んでいるのだろうか?」
大部屋なので人工呼吸器をしている方はいませんが、
どうしてもこの方達が「今まさに延命治療をしている」
という風に見えて仕方がないんです。
それは、「本当はこんな事をしてほしくないのではないか」
という勝手な想像から来るものと思います。
こんな事を書いたら、
私に看護される方は不幸に見えてしまう方もいるかもしれませんね。
そんな気持ちで看護しているのかと。
もちろん、担当させて頂いた患者さんには
その方にあわせた看護を提供してきたと思っています。
ただ、やっぱり「今、どんな風に思っているのだろう」
という考えは拭えませんでした。
一番の問題点は、
患者さん本人の意思が組み入れられていないという事だと思います。
本人がどうしたいのかを確認する事が出来たら、
こんなに悩む事はないでしょう。
医療者はやれるだけの事をやった方が問題になりません。
やらなかったときの責任を取る必要もありませんし、
万が一のときでも「やるだけの事はしたのですが…」と言う事も出来ます。
ですから、「やってほしくない」という明確な理由がないと
医療者はやらざるを得ないんですよね。
そんな時に判断を家族にゆだねる事が多いのですが、
これが本当に難しい。
状態が変化した時に冷静に判断なんて出来ないのが当然ですし、
出来たとしても本人がどうしたいのかなんて
相談した事はほとんどない事が多いのです。
その点、華子さんの生き方は違いました。
自分がどうして欲しいのかしっかりと主張し、
周囲も悩みながらそれを受け入れていく。
最期を迎えてしまった後でも、
そこには後悔は少ないと思います。
(ゼロではないかと思いますが。)
華子さんの様に自分の希望を伝え、
その通りの治療を多くの人が出来たら、
「延命治療」という言葉がそれ程、
ネガティブなものにならなかったのかもしれません。
逆に言えば、本人の想いがわからないからこそ、
「この治療は延命治療なのか」と悩んでしまうのだと思います。
華子さんは自分の生き方に、
きっと満足されていることでしょう。
それは自分の人生を自分で決める事が出来たから。
自分が満足する最期を迎えるという事は、
実はこの時代、結構難しい事なのかもしれません。
突然、脳梗塞になったとしたら、
「治療のために」呼吸器をつけられてしまう事もあるからです。
私はこう思います。
自分が望まない治療を行わないためにも、
「自分に何かあったら」という話を是非家族の中でしてほしいと思います。
本当に自分が望む治療はどのようなものなのかを
家族の中で話し合ってほしいと思います。
こういった話をする事が、
より良い人生を送るためにはとても大事な事だと思います。
それが、自分の満足できる生き方に繋がるのではないでしょうか。

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コメント

    • クロムラ
    • 2010年 12月 19日

    こんばんは。
    「病気と一緒にLet’s in 美瑛」のクロムラです。
    先日はコメントを頂き、ありがとうございました。
    華ちゃんの先輩として、嬉しく思いながら拝読させて頂きました。
    こうやって沢山の方の反響を頂き、ありがたい気持ちでいっぱいです。
    延命治療に関しては、一概にどれが良い・悪いと言えるものではない 難しい問題ですね。
    華ちゃんにとって、前田医師との出会いはとても大きな意味があったのだろうと感じました。
    ペンションについて、また改めてご相談させて頂ければ幸いです。
    どうぞ宜しくお願い申し上げます。

    • 和みの風
    • 2010年 12月 20日

    ご訪問ありがとうございます。
    華子さんの先輩だったとは、びっくりです。
    よく「死に様は生き様だ」と言ったりしますが、
    まさにその通りだと思います。
    自分が望む生き方をすれば、
    自ずと最期も変わってくるのだと思いますよ。
    さて、
    宿の方は順調に進んでいる様ですね。
    もう土地もあるとか。
    同じ方向性の宿ですから是非成功して頂きたいんですよね。
    こんな話は1日、2日簡単に話せちゃいます。
    冬は時間があるので、
    ゆっくりお答えが出来ると思いますよ。
    メールでも何でも資料があればご相談に応じます。
    というのも、
    忙しくなったらせっかく来て頂いても
    ゆっくりお話が出来ないので。
    いろいろ大変でしょうが、
    やり遂げる事を期待していますよ。

    • ラスカル
    • 2011年 1月 15日

    小生のブログにコメントをありがとうございました。
    ここは、気になる記事がたくさんあってびっくりしました。
    「自分に何かあったら」という話を是非家族の中でしてほしい
    ・・・私も最近そう思います。でも私自身、なかなか多くの時間を割けていません。エンディングノート等も買ってみたのですがね。
    触れにくい部分なのでしょうか。

    • 和みの風
    • 2011年 1月 16日

    わざわざお越し頂きましてありがとうございます。
    やはり、死に関する部分は触れにくい様ですよ。
    もちろん皆さん個々に考えてはいる様ですが、
    それを家族同士や本人を交えて話し合う事がない様に思います。
    きっかけもないし、どう話したらいいか話したらいいか、
    分からない方も多いですものね。
    病棟の看護師ですら
    患者さんとしについて話すのはイヤだと言う位ですから。
    以前医者が同じ様な事いい、
    困ってしまった事がありますよ。

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