ロバ日記

音の形見

「あなた、今日はヒーリングさんの日よ。」
「あぁ、そうか。もうこれで最後かもしれないな。」
幸代は返事が出来なかった。
今まで、十分戦って来たことを知っていたからだ。
道夫は、肝臓がんの末期。
この病院のPCUに来るまでは、
大学病院で様々な治療を受けて来た。
PCUとはパリアティブ・ケア・ユニットの略で、
末期癌を始めとした予後不良の患者に対して、
症状を抑える病棟のことだ。
俗に言うホスピスとほぼ同じである。
その日も、いつもの笑顔でヒーリングアートはやって来た。
そしていつもの様に穏やかな風を残して去っていった。
道夫はさらに強くなった倦怠感と、
黄色い身体を車椅子に沈めながら余韻に浸っていた。
もう何回目だろう。
このホールとも言えない小さなスペースで、
彼らは毎月来てくれる。
一番始めに彼らの風を感じたのは丁度1年前。
あの時は4階の大会議室を使って、
多くの患者が集まった。
けれどたった1時間のコンサートでも道夫にとっては、
長過ぎる時間になってしまった。
数十分になり観客も減ってしまったけど、
このスペースの彼らの風は、
何物にも代え難いものになっていた。
毎月行うミニコンサートがいつしか新聞や雑誌にも取り上げられ、
彼らを目にする機会も増えて来た。
「インタビューに答える道夫がテレビに出る」と、
まだ小学生にもならない孫が大喜びする日もあった。
殺風景なホームページにも温かいイラストが飾られる様になった。
何でもここの患者さんが書いたものらしい。
その絵は生きる希望というよりも、
あたたかな空気みたいなものを感じる。
そんな穏やかな時間も長くは続かず、
道夫は息を引き取った。
葬式でこの曲をかけて欲しいと願うこともあったが、
幸代が反対した。
「とても耐えられそうにない」と。
実際、道夫の前では全く泣き顔を見せなかった幸代も、
1人「約束」を聞いた時には、
大粒の涙が止まることはなかった。
「ヒーリングさんはずるいですよね。
あんな所であんな曲を弾かれたら泣かない訳ないでしょ。
死ぬ人がいなくなることはないんだから、
ファンは増える一方だわ。」
道夫が亡くなってからは彼らの風を直に感じることはなくなった。
あれほど聞いていたCDも仏壇に入ったままだ。
「たまにラジオで流れてくるんですよ。
そしたら何も出来なくなっちゃうの。」
彼らは心地よい風を吹かせる音の形見となって、
今も残り続けている。

「スロウinn楓」でのミニライブの前にHealingArtの予習をしていたら、
どんどん想いが強くなってこんな物語になりました。
ものすごく恥ずかしいのですが、
6月2日のコンサートの宣伝に来てくれた際に、
メンバーのおかあさんが感動してくれたと聞いたので載せちゃいました。
実はこれ、願望なんです。
私が勤めていた緩和ケア病棟にも時折イベントがありましたが、
定期的にはありませんでした。
長過ぎるイベントは患者さんが持ちません。
ほんの数十分でいいので、何度も来て欲しいんですよね。
そういう小さな幸せが、今を生きるためにとても大切な事なんです。
そんな活動をしてくれたらいいな…と。
ホームページももうちょっと何とか…という気持ちも(笑)。
6月2日 帯広市民文化ホールでのコンサート。
よろしければ是非。

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