以前いらしたお客さんのお話です。
その方はご高齢のお母さんとの2人旅。
お母さんは長年施設にいらした方で、1年前に自宅で一緒に暮らす様になったそうです。
ずっと夢見ていた親子一緒のお風呂を現実にしたくて、うちを選んで頂きました。
車椅子で来られ、早速宿内をご紹介。
お母さんは寝たきりなので、ベッドへの移動も娘さんの力が必要です。
といっても介護は手慣れたもので、環境を整えあっという間にベッドに移りました。
夕食は横に並んで楽しみました。
その方は飲み込みむ力も弱っており、食べ物に気を配らないとすぐに肺炎を起こしてしまいます。
しかし本人は食べる気満々。
お手伝いしてあげないと、どんどん口に詰め込んでしまう様子。
舌でつぶせる程度とのご希望でお出しした料理は、
新しい発見があったようで娘さんに感謝して頂きました。
そしてお待ちかねのお風呂。
立つ事が難しいので、有料とはなりますが私もお手伝い致しました。
お風呂用の車椅子に乗り、浴槽内はリフトを使用しました。
娘さんは水着を着て一緒に。
久しぶりの一緒のお風呂に、娘さんは大変満足されたようです。
夜の静かな時間、いろいろとお話しして頂きました。
実はお母さん、もう3回程危険な目にあったそうです。
一番危険だったのは施設で食べ物が喉につまった時。
たまたま看護師がそばにいたので、手当をしながら救急車で病院へ運ばれ、
一命を取り留めましたが、7分程度呼吸が止まったままだったそうです。
これだけの長い時間止まっていたのに、何の後遺症もなく元気になりました。
それはかなりすごい事なんですよね。
1年前家庭の事情で自宅で過ごす事になり、2人での生活が始まりました。
施設にいた頃はほとんどしゃべらず、表情も変えず、食事も難しかったのですが、
毎日の声がけと働きかけで、どんどん変わっていきました。
それはかなりの労力によるものだと思います。
それでも、お母さんが変化していくのを間近で見る事が出来、娘さんは嬉しかったようですよ。
娘さんは「実験材料だから」と笑いますが、愛情のこもったこの方らしい言葉だと思いました。
翌日、お母さんが便意を訴えました。
私もちょっとお手伝いして、車椅子用のトイレへ。
何と、自分で出す事が出来たのです。
何年もおむつ生活をしていたのに、自分で訴えて自分で出す事が出来たのです。
実はこれもすごい事なんですよね。
ずっとおむつ生活を続けていると、そういったシグナルも出そうとする筋肉も衰えて、
コントロールが難しくなるんです。
トイレで自力で出すなんて、何年ぶりかと娘さんは喜んでおりました。
大満足で帰る車中で、娘さんは涙していたそうです。
今まで何度も危険な目にあった事、大変な介護生活、お母さんの旅先での変化…。
いろいろな事が頭の中をめぐっていたのでしょう。
ありがたい事に、本当に満足して頂きました。
もっとお母さんが元気なうちに来るべきだったと悔やんでいましたが、
それだけ2人の仲は遠いものだったとも話していました。
いろいろと深い事情があったのだと思います。
身体の不自由な方と旅行に行く…、
聞こえはいいのですが、実際はとても大変な事。
寝たきりともなると、十分に介護に慣れている事が大前提であると痛感させられました。
ご家族が大変だと「旅行はもうこりごり」になりかねませんから。
ただ、それを乗り越えるとこんなにも素晴らしい発見と変化を感じる事が出来ると思います。
少しずつでいいんです。
施設にいる方は自宅に戻る。
自宅で暮らす方はちょっと外出してみる。
日帰り旅行が問題なく出来たら、次は宿泊旅行で。
行動範囲を少しずつ広げる事で、こんな素晴らしい体験が出来るんです。
それだけ旅は人を変える力を持っているんですね。
こういった方のお手伝いが出来る事に、私も嬉しく思います。
ご宿泊ありがとうございました。