介護が必要なご両親と一緒に旅行をするためのヒント集、最終回は旅行の効果をまとめたいと思います。
初めてご覧になる方はこちらの「心構えについて」からご覧ください。
- あくまで旅行を楽しむためのヒントです。こうすればうまく行くといったマニュアルではありません。
- 介護者の体調や気持ちの状態によって、必ずしも文章と同様の反応が得られる訳ではありません。その方にあわせた対応をお願いします。
- 旅行について個別的なアドバイスを希望される場合は、こちらをご覧ください。
温泉旅館に看護師を採用すると変わる3つの事
「和みの風」を開業して、10年以上が経過しました。「持病や障害を持っていても旅の幸せを感じられる環境を作る」と頑張ってきましたが、開業時と比較して社会全体がそういった方向に進んでいるとはとても思えません。やっぱり「旅行なんてあきらめている」方がたくさん多いのです。業者が取り扱う介護旅行も確かに増えましたが、料金面からとても一般的とは言えません。特にコロナの打撃からまだ回復していない業者も多いようです。
介助が必要であっても旅行を楽しめるようになるためにはどうしたらいいのか。私は2つの事がまず必要だと思っています。
- 介護に慣れている宿泊地が増える事。
- 家族が一緒に旅行出来るスキルを学ぶ場がある事。
「和みの風」はまさに1.のために作った宿であると言ってもいいと思います。車椅子でも、片麻痺でも旅を楽しめる環境を整えるために作ったのですから。でも、1つの宿では何も出来ません。多くの宿で、そういった方の受け入れが出来るようになって、初めて社会が動くのだと思います。
という事で、一つの提案です。
温泉旅館に看護師を採用すべし。
……一体、何が変わるのでしょうか。
宿の建物が変わる
車椅子では使いにくい場所、危険な場所。ホテルなどに泊まった時、ぱっと見ただけでも気になる場所があります。何も高額な工事費をかけてバリアフリールームを作ったり、大規模な改修をする必要はないのです。ちょっと手すりを作る、物を移動して場所を広げるといった事でいいのです。スロープだってあるにこした事はありませんが、車椅子のお客様がいらしたときに介護用のスロープを取り付けるだけだって十分なのです。
そういった「ちょっと危険な場所」に気がつけるのも、看護師ならではの視点です。訪問看護師や福祉住環境コーディネーターといった資格を持っていればなおさらいいのですが、一般の看護師だって考える基礎は持っています。
介護ベッドの導入もいいですね。介護保険が導入されて、介護ベッド(=電動ベッド)が非常に手に入りやすくなりました。ケアマネージャーさんと連絡をしながら必要性が確認されれば、
ひと月2,000円以下で借りることが出来ます。安価な事もあり、多くの方に利用されています。
それだけ普及されたにもかかわらず、ホテルや旅館ではほとんど見かける事がありません。どの部屋のどの位置に電動ベッドを設置すれば、より使いやすいのか。そんな事も看護師であれば、答えを出すのは容易だと思います。採用して半年もすれば、宿の使いやすさが格段に変わっているのではないでしょうか。
サービスが変わる
介護旅行において、お客様個々について求められるサービスは一般の方よりもさらに千差万別です。だからより難しいと思います。しかし、ある程度の共通性は見られます。例えば車椅子の方だったらどういったサービスが喜ばれるのか。職員全体でお迎えするために、研修も必要になるでしょう。
基礎をふまえた上で、そのお客様にあわせたサービスを提供出来るのも看護師ならでは。それは、病院で困っている患者さんをたくさん見ているから。「看護師さんにとてもよくしてもらった」と患者さんからよく言われるのは、「何に困っているのか」を察知する能力が高いからなんですね。そういった経験は、宿のサービスにおいても発揮されます。もちろん旅行に来たお客様は重病ではありませんから、求められるサービスは異なりますが、きっと満足できる「ちょっとした事」をしてくれると思います。
タイトルで「温泉旅館に」と書いたのには意味があります。日本人は絶対的に温泉が大好きです。そのお手伝いをするために、看護師は十分役に立ちます。お風呂場はとても危険が高い場所。ただでさえ滑りやすい上に、ズボンやベルトなどがなく裸なので支える事が難しくなります。どのように介助すれば、危険なく入浴出来るか。そんな事を考えられるのも看護師の強みです。
緊急時の対応が変わる
高齢の方が宿泊するとなると、夜中に救急車騒ぎなるのでは…?なんて想像もするかもしれませんが、「和みの風」では全くありません。救急車どころか、ご宿泊中に体調を崩した方は開業以来おりません。皆さん、体調を万全に整えて、旅行中も無理をしないのがいいようです。気を張っているというのもあるかもしれませんね。
むしろ、お子さんが発熱したという経験の方が多いです。旅行ではしゃぎすぎて、疲労がたまってしまうのも一つの要因でしょう。お子さんですので安静にしていれば改善される方がほとんどです。
そういった時、看護師がいるというのは安心材料になるでしょう。「様子見て大丈夫だと思いますよ」といった一言が、お客様の安心に繋がりますね。お子さんといえば転んでけがをしたというのもありました。傷の手当だって、看護師さんならば慣れたものです。
もしかしたら、救急車の要請が必要な場合もあるかもしれません。それでも救急車の到着まで、適切に対応してくれるでしょう。また、旅行中に何か変化が見られた時でも相談しやすく、お客様の満足に繋がる事は間違いありません。
看護師がいる意味
以前、「和みの風」に興味を持って頂き、ご挨拶に来られた方がいました。
ある看護師さんが病院を辞め、ホテルで働いておりました。せっかくの看護師の能力を持っていたのですが、全く活かされなかったそうです。とてももったいないと思いました。実際、「ここはこうしたらいいのに…」と思う事もあったそうですが、一職員として、声に出す事はなかったそうです。せっかくの専門職の視点なのですから、明らかにしてほしいですし宿側も耳を傾けるべきだったと思いますね。
「看護師がいる安心」介護が必要な方が旅行する際、とても大きな支えになります。環境を整え、旅行を見守る。もちろんコストもかかりますが、それ以上にお客様と宿側の満足に繋がるように思います。社会全体が変わるよう、看護師が活躍出来る宿が増える事を願ってやみません。
日本人全体が旅行しなくなっている
現在日本において、旅行に出る人数は全ての年代で減少しています。2005年と2015年を比較したときに、のべ宿泊数は13%減少しています。総人口で見ると3%減ですから、日本人全体が旅行離れしているのは明らかなようです。理由は様々ですが、経済的に厳しい点と、休暇が取りづらくなっている点が大きいのでしょう。
旅行に対する魅力がなくなったのかと言うと、そうではありません。こちらのページを見ても8割の方が1年以内に旅行したいと考えているようです。そう考えると、「行きたくても行けない」方が増えているのだと思います。
一方、高齢者。
お金もあります、時間もあります、人数も増えています。それなのに、旅行する方は増えていません。先ほどのデータで見ても、50代以上の方は10年間で1割以上旅行者が減っています。
要介護者限定になりますが、こんなデータがあります。
要介護者と旅行したことがない理由(複数回答)
- 「要介護者が旅行するのは無理だと思うから」(40.6%)
- 「要介護者が旅行したがらないから」(31.5%)
- 「自分に時間の余裕がないから」(24.7%)
- 「要介護者と旅行することに対して不安を感じるから」(23.3%)
- 「自分にお金の余裕がないから」(20.6%)
医療と旅行の関係
私が看護学校に通っていたのは20年ほど前。持病持った方の旅行に関した講義は、全くなかったように思います。それどころか地域医療、地域看護という概念もあまり根付いていませんでした。
それから時がたち、訪問診療も介護サービスも当たり前の時代になりました。私が宿を開業した10数年前、「これからは障害があっても旅行に出る人は増えるだろう」と予測していました。なぜなら、高齢化率の上昇や脳血管疾患の救命率向上に伴い、高齢者や障害者の絶対数が増えるのは確実だったからです。しかし旅行する方は増えませんでした。正しくは高齢者数の上昇率ほど増えていないと言うべきでしょうか。宿泊施設も対応に時間のかかる高齢者よりも、インバウンド(海外からの旅行者)の方が効率的に売り上げを伸ばせることを知っているからです。
バリアフリー旅行に関する情報は格段に増えました。取り扱う業者も増えました。確かに、旅行を楽しまれる方もいます。それでもそれはほんの一握りと言わざるを得ません。
以前、病院の脳神経外科やリハビリテーション科に宿の宣伝をした事があります。脳神経外科が脳梗塞、脳出血など後遺症を伴いやすい病気を扱っており、宣伝には効果的と思ったからです。
しかし、ほとんど効果はありませんでした。看護師やリハ職の方からもあまり前向きなお言葉はもらえません。まるで医療の中に旅行は含まれていないような印象を持つほどでした。
医療者は治療に必要なこと以外に、関心を持つことは難しいようです。費用と効果を考えれば、旅行は家族内でのイベントとされ、あえて勧める必要がないと思っているようです。リハビリテーションの中に「旅行」が追加され、かつ保険適応になったとしたら、もっと注目し、興味を持ってくれるのかもしれません。
旅行をするとこんな効果が
「本人も旅行したからないし、自分にも時間がない」、「不安が大きく、旅行なんて行ける訳がない」。家族内ではいろいろと理由があり、なかなか一歩が踏み出せないようです。医療者も積極的に旅行を勧めたりはしません。こういった理由が、介護旅行の増加を妨げている理由なのだと思います。
では皆様に、ここまで勧めるのはなぜでしょう。それは今まで旅行されていなかった方が一歩踏み出すと、変化が現れる事が多いからです。残念ながら、動けなかった方が急に歩けるようになる訳ではありません。身体的な面より精神面の方がむしろ大きいかと。
一番大きな効果は、「旅行に行けるという自信」です。多くの方が「旅行になんて行ける訳がない」と思いがちですが、実際に楽しめると「自分でも行けるんだ」と気持ちが変化します。
この変化が大切です。その変化はご家族にもたらされます。「無理かと思っていたけど行けるんだ」とご家族も思うのです。
一度旅行出来ると、今までの不安がかなり軽減されます。そのデータが上記、第一生命の調査にあります。旅行をした事がない方の旅行前に感じる不安が8割を超えていたのに対し、旅行経験者が次の旅行をする前の不安は5割前後に軽減されるのです。
「自分でも出来る」「次にどこに行こう」という気持ちの変化は、日常生活にも活かされます。
いままで、乗り気でなかったリハビリも、ただ流れていた生活も、モチベーションが上がる可能性が高いんですね。次への旅行に意欲が出たなら、とても良い循環に繋がる可能性が高いです。「これがしたい」「アレを食べたい」…まさに、生きる意欲にも繋がる変化です。
私が訪問看護を続けている中で、よく考える事があります。それは生きる意欲をどう引き出すか。仕事の特性上、対象者は多くの方が高齢です。その方たちと接していて、「もう少し生きる意欲が出てきてくれたら…」と思う事が多いのです。
もちろん、人生で言えば折り返し地点をとうに過ぎ、衰退してくのが自然な事なのかもしれません。それでも、前向きに日々を生きている方はたくさんいます。苦しい中でも自分で出来る事を行い、小さな幸せを感じている方はたくさんいるのです。
一度旅行に出れば、急に前向きになるとは思いません。ただ、旅行という行動が、今まで落ち込んでいた気分や萎えていた生きる希望を、少しでも蘇らせるきっかけになるのではないかと思うのです。
もし、久しぶりの旅行を楽しめたならば、人生を振り返った時に、「あの時の旅行がきっかけだったのかも」と思ったり、「あの時に旅行に行けてよかった」と充実感に満たされる事に繋がるかもしれません。旅行にはそれだけの力があると思っています。
「そんなにうまく行くだろうか…」と、思われた方、実際に旅行の満足感を口にされる方はとても多いですよ。
確かに旅行は大変
一般の方でも旅行するとなれば、あれこれ準備が大変です。今までずっと引きこもっていた方が、外に出るのが大変なのはなおの事。それでも、家に帰ってきたら「行ってよかった〜」と
思える状態になっているのではないでしょうか。ある片麻痺の方がお話しされていました。
別に旅行に行きたいとは思っていない。
大変な事ばかりでよっぽど家にいる方がいいと思ってる。
でも、行ってみると楽しい事もある、新しい発見もある。
それにうちの妻が嬉しそうな顔をするから行くんだ。
その方はご自分で運転されていました。
今までの生活からちょっと変化をつけてみる。「よし、行ってみよう!」と、一歩、踏み出してはいかかでしょうか。