「和みの風」はおかげさまで開業して10年以上が経ちました。
「持病や障害があっても旅の幸せを感じられる宿」という想いのもと続けていましたが、そういった方のお出迎えはあまり増える事がありません。特に、コロナ禍の影響は凄まじく、旅行どころか近所のスーパーでさえも二の足を踏んでいる方が多かったのではないでしょうか。
ゼロコロナとはなりませんでしたが、そろそろ旅への一歩を踏み出す準備をしてもいいのではと思います。特に介護が必要な方は、旅行するためにも準備期間が必要です。私が今まで関わってきた方や看護師としての経験をもとにヒントをまとめてみました。旅に出たいと思う方の背中を押せたら幸いです。
- あくまで旅行を楽しむためのヒントです。こうすればうまく行くといったマニュアルではありません。
- 介護を受ける方の体調や気持ちの状態によって、必ずしも文章と同様の反応が得られる訳ではありません。その方にあわせた対応をお願いします。
- 旅行について個別的なアドバイスを希望される場合は、こちらをご覧ください。
なぜ旅に出たいと思ったのでしょう?
「介護が必要な親を旅行に連れていきたい」と思う方は少なくないと思います。「ずっと家と病院との往復だけで出かける事もあまりないから、たまには…」と考えるのはごく自然な事。体調に問題がなければ計画も立てやすいのですが、ほとんど運動もせず外に出かける事もあまりない…となると、そう簡単ではありません。
「いろいろ調べなきゃ」とはやる気持ちもあるでしょうが、ちょっと落ち着いて。
旅行を計画するにあたり、その目的ってあまり考えた事がないのではないでしょうか。お子さんの結婚式や金婚式のお祝いなど具体的なイベントがある方は、既に目的が決まっていますが、そうでない方はちょっと考えてみて下さい。なぜ旅に出たいと思ったのでしょう。
例えば…
- 毎日同じ生活でメリハリがないので、息抜きがてらに。
- 母さんと子供とで出かけてたら、楽しいかなと思って。
- ほとんど外出しないから、体力が落ちているのではと心配。
- 一緒に旅行をしたら、親孝行になるかと思って。
などなど、人それぞれいろいろ理由があると思います。まず、それをしっかりと明らかにした方がいいでしょう。なぜなら、目的を明らかにすることが、計画を立てる上で大きく影響するからです。
旅の目的って?
「旅の目的」なんて言われると難しく考えちゃうかもしれませんね。そんな堅苦しくなくていいんです。つまりはゴールを決める事、旅行後にこうなっていたいと具体的にイメージする事が大切だと思います。旅行から帰ってきた時に「とてもリラックスできた〜」と言いたいのか、「いい思い出になった〜」と言いたいのか、という事。「なんか気持ちが前向きになった!」というのもいいですね。
そして、これらの目的の前には「誰が」という言葉も大切です。「私がリフレッシュできた〜」と「母さんがリフレッシュできた〜」は自ずと計画も違ってきます。もちろん、皆が満足する旅行にするのが一番ですが、なかなか難しいのが現実です。主人公を決めてその人がどうなってほしいのか明らかにすると、後々の計画が楽になります。
- 要介護3の父の引きこもりが心配だから、まだ旅が出来るという自信を持ってほしい。
- 要支援2の母さんと子供と一緒に、三世代共通の思い出を作りたい。
- 脳梗塞で片麻痺になりリハビリばかりの父、リハビリの成果を感じてもらいたい。
目的は違っても、スケジュールが同じという事もあります。それでいいんです。ゴールを決めて行動する事により、意識は確実に変わります。その意識の変化は声がけ一つにも影響します。
思い出作りをメインに考えれば、自然と写真撮影が増えるでしょうし、リハビリをメインに考えれば、どれだけ動けたかに注目します。目的は考えなくても旅行は出来ますが、誰がどうなってほしいかを考える事でより満足する旅行に近づけるのだと思います。せっかく出かけるのですから、いい旅にしたいですよね。
あなたは誰と旅行したいですか?
「旅行の計画を立てる」と考えたときに、まず「どこに行こう?」となると思いますが、それより大切な事があります。
それは「誰と」行くか。
両親と行く介護旅行ではなく、普通の旅行を考えたとします。あなたは誰と旅行したいですか?
御主人(もしくは奥さん)ですか?それともお友達?実は何の制約もない自由きままな一人旅がしたいですか?
大好きな人と一緒に旅行するなら、どこに行くにも幸せでしょう。逆に気が合わない人と一緒に行ったら、すばらしい観光地でいいサービスで出迎えられたとしても、満足はしませんよね。
それは高齢者も同じです。あからさまに嫌う人と一緒に旅行する事はあまりないと思いますが、気兼ねなく行ける関係というのは、その旅行の良し悪しを左右します。親と一緒に旅行して、その主人公が一番満足する相手は誰でしょう。孫?、兄弟?、はたまたお友達でしょうか。なかなかお友達と一緒に旅行するとなると、ハードルが上がるので難しいとは思います。主役の方が喜ぶ人選が大切ですね。
例えば移動等で介助が必要な方の場合、大人数で行けばなんとかなると考えるかもしれません。人を増やせばいいのでしょうか。いいえ、それは違います。
確かに経済的な面で言えば、レンタカーやタクシーの場合人数が多いほど、一人当たりの金額が安くなるメリットはあります。しかし介助に関して言えば、実際に動くのは特定の人だけで人数が多くても効果的ではありません。旅行先で一緒だからと言って、すぐに出来るほど介護は容易ではないからです。また、人数が多いほど連絡や調整に時間がかかり、プランを立てる方の負担が増すばかりです。旅行に慣れないうちは、あまり大人数にならない事をお勧めします。
「どこに行きたい?」に返ってくる言葉
さて、いよいよ旅行に行く場所を決めていきましょうか。彩り鮮やかな花畑?それとも由緒正しい神社を巡ります?いやいや美味しいものをはしごしたり…。実はこのプランを考える時間が一番楽しいんですよね。
でもちょっと待って下さい。主役がご両親であるならば、その方が興味を持つ場所にした方がいいと思います。その方の旅へのモチベーションが、その後の行動に大きく影響することもよくある話です。
「父さん、皆で旅行に行きたいと思っているんだけど、どこか行きたい所ない?」と投げかけた時、どのような答えが返ってくるでしょうか。
「いいねぇ、実は前からあそこに行きたいと思っていたんだよ。」なんて返ってきたら、もう旅行は8割ほど成功したと言えるでしょう。計画も準備も協力的でトントン拍子に物事は進み、あっという間に目的の地に旅立っているでしょう。しかし現実はそうはいきません。「どこでもいいよ」、「お任せするわ」なんて返ってきたらまだましな方。自分が行く事を了承しているのですから。「みんなで行っといで」、「人が多い所なんて行きたくない」、「旅行なんて行ける訳がない」と、否定的な言葉が並ぶのではないでしょうか。そうです、まず旅に出る事自体を受け入れてもらうのに第一の壁があるのです。
旅行なんて行ける訳がないという思い込み
皆様のご両親は要介護、もしくは要支援状態になってからどのくらいの期間が経つでしょうか。その間、旅行に出た事があるでしょうか。あまりない方が多いのではないかと思います。病気になれば安静が大切です。しかし、その期間が長ければ長いほど外出する機会は減り、体を動かさなくなります。特にこのコロナ禍。以前はディサービスや近所で寄り合いがあったら、いそいそと出かけていたのではないでしょうか。動かないから体力が落ちていき、体力が落ちるからますます外出ができなくなります。その悪循環により、旅行なんて夢のまた夢になってしまうんですね。
私は訪問看護を続けていて、よく思います。「病院に行って受診のために半日いられるんだから、旅行も出来るのでは?」
なにも、宿泊旅行ばかりが旅行ではありません。ちょっとしたお散歩、半日だけの遠出でも立派な旅行です。そういった小さなお出かけを積み重ねる事が気持ちを前向きにし、本当に旅行を楽しめる状態に変化させるのではないかと考えています。
興味がある事を引き出す
どのようにすれば、旅行に前向きになってくれるのでしょうか。その一つのヒントが、「本人の興味」だと思っています。例えば、趣味。
昔よく通った囲碁教室に行ってみる、登山好きだった方にはある程度の高さまで車で行ける場所へ。編み物が好きな方は、市民の方が作った編み物の発表会へ。今はその趣味を楽しむことが出来なくても、思い出に触れることは出来るはずです。「父さん、昔よく映画で見ていた高倉健の追悼特別展があるみたいよ。」そんな働きかけで、ちょっと行ってみようかなと心が動く事ってあるかもしれません。
ただ、これがなかなか難しいです。いろいろ提案しても応じてくれる気配がない。年齢を重ねると、いろいろなことが億劫になってきて行動に起こしづらくなるんですね。それでも、早々にあきらめるのももったいない。選択肢を増やせるよう、少し具体例を挙げてみましょう。
昔取り組んでいた趣味や好きな事は?
釣りが好きだった方は、以前よく釣っていた場所を訪れるのはいかがでしょう。釣り場は景観が変わっていない事が多いので、昔を思い出すのにちょうどいいかと。ただ、大概釣りをする場所は足下が悪いもの。歩く事が難しい方が砂利道を進むのは現実的ではありません。それでも、車で行ける所まで行ってみるのも手。あとはご家族が写真に撮ってみてはいかがでしょうか。釣りの思い出が、どんどん湧いて出て来ても不思議ではないです。釣り場を見に行くだけではなく、釣りをした思い出を話しに行くのです。
以前いらしたあるお客さんはカメラが趣味。パーキンソン病になり歩く事が難しくなりましたが、引きこもってはいけないとカメラ片手に旅行に行くようになりました。どうなったかわかりますよね。ぎこちない歩き方でも、自分の目で見て撮影旅行を続けました。本当に嬉しそうに、ファインダーをのぞいていました。それはそれは、すばらしいリハビリになったと思います。
ある方の目的はロバ。もう何年も施設に引きこもりがちでしたが、大の動物好き。「もも」の写真を見て、「行ってみようかしら」と変化したのです。
以前楽しんだ趣味は、今は出来ないかもしれませんが思い出すだけで心が暖かくなります。好きな事に触れていると、自然と楽しくなってくるものです。「趣味なんてない」と言われるかもしれませんが、心が動く事はきっと何かあるはずです。
昔よく通った場所、思い出の地
若かりし頃と言ったら怒られるかもしれませんが、昔よく通った場所というものが一つや二つはあるものです。何十年ぶりに訪ねてみるのはいかがでしょうか。昔住んでいた場所、働いていた頃の現場などなど。建物は大きく変わっている可能性が高いのですが、昔の名残を見つけるのも楽しいかと思います。思い出の地と言えば、お墓参りも満足度が高いでしょうね。
旅の目的が「親孝行」という方。
昔の話しを聞き、思い出を共有する事は、すばらしい親孝行だと思います。過去を振り返る事がいかにその方にとって意味のある事か、表情を見ればわかると思いますよ。
親戚、知人に会いにいく
場所よりも人という方はこちら。以前お世話になった人、もう一度会いたい人、何年も逢っていない兄弟…。何年、いや何十年ぶりに逢いにいくのはどうでしょう。輝かしい時代に一気にタイムスリップした気分になると思います。その表情は是非写真に収めて頂きたいですね。きっと来てよかったと思ってくれるはずです。
ただし、人を訪ねる場合はスケジュールに注意が必要です。話しに盛り上がりすぎて時間がかかりすぎたり、「一緒に夕食でも…」となったり。逆に、相手にも都合があるので、早々に終わってしまう可能性も否定できません。
孫の発表会というのもいいかもしれません。大きくなった可愛い孫に会えるのであれば、目を細める表情に変わるかもしれません。
美味しいものを食べにいこう!って大丈夫?
旅行といえばグルメが定番。それは高齢者も同じです。でも少し注意が必要。なぜなら、美味しいものを食べに行くと言って、旅へのモチベーションが上がる方は、恐らく脳梗塞や脳出血といった脳血管疾患や糖尿病を持っている場合が多いです。
外食は塩分が多く、旅行に出ればただでさえ摂取カロリーも増えやすくなります。そういった方がグルメだけを目的に旅に出るのは、あまりお勧めできません。短期間とは言え食事には気を配りましょう。逆に言うと、そのリスクが高くない方には「グルメツアー」は有効かもしれませんね。
他にもいろいろな投げかけが考えられそうです。「こんな風に促したら、乗ってきました!」といった体験談がありましたら是非教えて頂きたいです。選択肢はいろいろあった方がいいですからね。
よかれと思って旅行に誘ってみても、なかなか振り向いてくれないのが現実です。こちらばかりが焦ってしまって、いい方向に全く進まず。それってあまりいい事ではありません。少し別の角度から考えてみましょう。
タイミングと提案する人も大事
あまりしつこく「行こう、行こう!」と誘っても、煩わしく思われるのが関の山です。かえって意固地になって、逆効果の事も。何かの話しをきっかけに、気を引くような事をさらっと伝えてみましょう。全く反応を示さなければ深追いせずに。ちょっとでも興味を見せたら、たたみかける様に。
「言ったって、いつも同じ反応ばかり…」と思われがちですが、気持ちの変化は必ずあります。そこを見逃さず働きかけを続ける事が、きっかけをつかむコツかも知れません。
当たり前ですが、親と子の関係はもう何十年も続いていますよね。だからこそ素直に受け入れられない気持ちになっている事も。家族以外からの働きかけにより、案外気持ちの変化が生まれるかもしれません。
例えば医療者。かかりつけの医師から勧められたら、どうでしょうか。定期受診の時、こんな風に聞いてみたらいかがでしょう。
「先生、お父さんずっと家に閉じこもりっきりなんですけど、旅行とかどうですかね?」
状態にもよりますが、ほぼ間違いなく勧めてくれると思います。その時のお父さんの反応、いつもと違うかもしれませんよ。
もし、訪問看護や訪問介護を利用しているのでしたら、そういった方に促されたらどう反応するでしょう。すぐに応じてくれないまでも、本当の行きたくない理由がわかるかもしれません。
特に男性はいくつになっても、対抗心が衰えない方がいます。ディサービスでも人より負けたくないって運動する方いませんか?周りをしっかり見ている方って多いですよ。例えば、似たような状態の方が旅行した話しを聞くと、ちょっとした心の変化が。
「あの人が行けるんだったら自分だって行けるかな…」対抗心をあおるのは、あまり良くないのかもしれませんが、知り合いが旅行に出かけた話は、投げかけてみてもいいのではないでしょうか。ちょっとした心の変化を積み重ねていくのも、一歩踏み出すためには有効です。
旅行日を決めてしまう!
あまり勧められるものでもないのですが、実際はこういうケースが多いのかもしれません。それは、「○月○日○○に行く!」と先に決めてしまうのです。それまでにどうしたらいいかを逆算して、体力作りなどの準備をしていくという方法です。強い反対がなければそのまま強行します。その旅行に耐えられる体力があるかの確認や、直前に「やっぱり絶対行かない」と反対されるリスクなど、すんなり旅立てるかはわかりませんが、可能性は低くはありません。
ご本人とご家族の関係にもよるのですが、行ったら「楽しかった」となってくれる事を期待して。失敗したくないので、準備がより慎重になりますけどね。やはり焦らない事が大切です。今行かなくては体調がより悪くなるかもしれないと心配するのはわかります。そんな時はまず現状維持に努めましょう。
楽しく充実した旅行にするために
残念ながら、年を重ねるほど好奇心も意欲も低下してしまいます。旅行という非日常は、後々の思い出と素晴らしいのですが、なかなか実現するのはハードルが高いことが多いです。その方の体調や意欲、同行される方のスケジュールや気候など考えなければなりません。
一人で考えすぎてしまうと、「こうしなきゃ」ばかりで準備段階で疲れてしまいます。あまり無理せず周囲の協力を得ることも、いい旅行のために大切なのだと思います。タイミングを見ながら、具体的な提案がコツかと。