介護が必要なご両親と一緒に旅行をするためのヒント集、今回は認知症の方との旅行です。初めてご覧になる方はこちらの「心構えについて」からご覧ください。
- あくまで旅行を楽しむためのヒントです。こうすればうまく行くといったマニュアルではありません。
- 介護者の体調や気持ちの状態によって、必ずしも文章と同様の反応が得られる訳ではありません。その方にあわせた対応をお願いします。
- 旅行について個別的なアドバイスを希望される場合は、こちらをご覧ください。
認知症の方との旅行は難しい?
今回は少し趣向を変えて、あるエピソードをご紹介したいと思います。
. 同居している私の母は70代後半。最近物忘れがひどく、いろいろな物を無くすようになりました。また、怒りっぽくなったようにも…。本人を説得してなんとか病院に受診し、認知症と診断がつきました。内服薬が始まり、それなりに落ち着いた生活を取り戻していました。
. 母は以前から北海道に憧れていたので、症状が悪化しないうちに旅行に連れて行ってあげたいと思うようになりました。私の兄に相談した所「旅行に行ったって、覚えていられないんだからやめといたら」とつれない返事。「旅行して環境が変わると、症状が悪化するって聞くよ」とも。まさに他人事で、相談しなければよかったと思いました。旅行中、何かあっても対応出来るように、大人数で行く事を考えていましたが、全く協力する気がないようなのであきらめました。
. 結局、私の夫と共に3人で、あこがれの北海道を満喫する事を決めました。計画を立てている時、母に伝えると「そうねぇ〜」とあまり積極的ではない反応。でも、元々社交的で旅行好きだったので、行ったら楽しめるかと思い計画を進めました。
. 旅行当日は本気で行くと思っていなかったのか、驚いた表情での出発でした。空港まで電車での移動も考えましたが、乗り換えが大変なので自家用車で。特にトラブルもなく、飛行機に乗り込みました。数年ぶりの飛行機に緊張しており、落ちつかない様子でした。それでもキャビンアテンダントに飲み物を聞かれると、「コーヒーお願いします」と笑顔で答えていました。新千歳空港につくと、ようやく状況を理解したのか晴々とした表情になりました。「やっぱり北海道!」と思わせる食事や風景に3人とも大満足。お店やホテルの方に優しくもてなされ、準備は大変だったものの、やっぱり来てよかったと安心していました。
. 2日目、レンタカーで移動していると、突然表情が険しくなり「家に帰る!」と叫びました。状況を説明しても全く納得しません。とりあえず車を降りて気を紛らわせようと試みますが、手を振り払ってどこかに行こうとする始末。思わず私もカッとなり「誰のために旅行していると思ってるの!」と声を荒らげてしまいました。この時は夫の仲裁により、お互い冷静になりました。私も疲れていたので、つい反応してしまいましたが、病気の影響と分かっているので今は反省しています。こんな事もあり2日目の夜はあまり眠れず、うつらうつらとしている時にそれは起きました。
「母がいない!」
. 深夜1時、ベッドで眠っているはずの母がいません。始めは状況がよく理解出来なかったのですが、トイレに行こうとしてそのまま部屋を出たんだと分かりました。すぐに夫を起こし捜索開始です。まずフロントに行き確認すると、母らしい人は外出しなかったと。ホテルの外に出ていない事が分かり安心しつつ、再度捜索。エレベーターで全ての階を見回しましたが、どこにもいません。お客さんのいない宴会場に着くと、どこからか「すみませ〜ん」の声が。声をたどるとそこには母が立っていました。案の定、トイレを探していたようでした。失敗せずに間に合ってよかったです。
. 最終日の3日目、昨晩の大捜索があり、私達夫婦は強い眠気を感じていましたが、当の本人はケロッとしていました。帰りの飛行機は、もう慣れており静かに休んでいました。
. 自宅に帰るととてもいい表情となり、私たちもやれやれと思っていたら、突然大暴れ。通帳がないと騒ぎ始めたのです。この疲労時にまたトラブルかと。「今じゃなくてもいいでしょ」と怒りたくもなりましたが、2日目の反省を思い出し冷静になりました。なんとか見つかり納得したようです。その後もいろいろ騒ぎ始め、「もしや旅行のせい?」と思いましたが、1日だけで落ち着きました。
. 兄に話すと「無事でよかったね」とやっぱり他人事の様子。とても疲れましたが、一緒に旅行するという目標は達成しました。もちろん母は覚えていません。やっぱり自己満足だったのかもしれません。でも北海道に降り立ったときに笑顔を思い出すと、行ってよかったと思います。
. 次の旅行は…今は考えられません。
皆さん、どのように感じましたでしょうか。「この時、こうすれば…」など、いろいろ考えたかもしれませんね。
実はこのエピソード、私の作り話です。とは言え、全くの創作ではなく、今までの私の経験といろいろな体験談を交えて考えたもの。認知症のご両親と旅行した場合、ありがちな内容にしてみました。さて、よりよい旅行にするためにはどのようにすればよかったのでしょう。
覚えていなければ旅行は無駄?
まず始めにお兄さんの「覚えていられないんだからやめといたら」という言葉。認知症になってしまうと、残念ながら旅行そのものを忘れてしまう事が多いです。せっかく大変な思いをして行ったのに、覚えていてくれなかったらとても残念ですよね。
でも、忘れてしまうからって、旅行に行くのは無駄なのでしょうか。私はそうは思いません。旅行先の写真を見る事で、楽しかった時間を思い出せる場合だってあるのです。もし、全く思い出せない、もしくは「こんな所に行っていない」と否定したとしても、みんなで楽しんだ思い出はいつまでも残っています。
「覚えていないから」と言って旅行しないのであれば、幼児期のお子さんとの旅行は何のためにするのでしょうか。旅行に行ったとしても、ほとんど覚えていてくれません。それでも旅行に行くのは、みんなで楽しんだという「思い出」を作りたいからですよね。歳を重ねたって、認知症の方だってそれは同じはずだと思うのです。
旅行をすると認知症状は悪化するの?
認知症の方にとって環境の変化はとても大きな問題です。「娘と一緒に暮らすようになった」、「施設に入居した」など大きな環境の変化は、症状に大きな変化をもたらせる事が多いです。
では、旅行の場合はどうなのでしょうか。恐らく短期間の旅行であれば、それほど大きな変化には繋がらないと思います。もちろん帰宅後に症状が悪化する事はあるかもしれません。でもそれは疲労による変化で、すぐに戻ると考えていいでしょう。もし、旅行をきっかけに大きく変化し、さらに改善しないのであれば、「旅行なんてするんじゃなかった…」というご家族の不満が伝わり続けている、と考えた方がいいのかもしれません。
また、帰宅後の一時的な症状悪化は、旅行を繰り返すと目立たなくなるという体験談も聞いた事がありますよ。
やっぱり大人数の方が安心?
いつ何が起きるか分からないので、目を離さないようにするために大人数の方がいいのではと感じる方もいるでしょう。確かに、大人数で旅行して難を逃れた例もあるようです。でも、ご本人にとって人数が増えれば増える程、誰だか分からない人が増えていくという事実はあります。リラックスして旅行を楽しむということにならないかもしれません。
とは言え、軽度の方は見知らぬ方に対してしっかりと社会性を保って接することが出来ます。その分ホテルに帰りご家族だけになった時や自宅に戻った後、急に問題が発生する可能性が高まります。よく顔を合わせ、緊張しない間柄の方がたくさんいるのが一番いいと思いますが、そう都合よくはいかないでしょうね。
現実的にはご本人を含めて3〜4人程度かと思います。子供達を連れて行く場合、状況を理解出来る子であればいいのですが、幼い子と一緒に行くのは、避けた方がいいと思います。それこそ、大人数で行ってお子さんの担当者をつけた方がいいでしょう。必要に応じて、二手に分かれて行動するのが良い方法かと。
体調を整えるという事
突然、不機嫌になるのは認知症をみている方なら誰でも感じているかと思います。「家に帰る!」と叫びだしたのは、恐らく疲労が貯まって来たためと思われます。旅に出れば全てが新しい刺激です。押し寄せてくる情報の波に、頭がついていかなくなってしまったんですね。
体も心も疲れさせない事が大切だと思います。余裕を持ったプランを作るのはもちろんの事、考えさせるような声がけは避けた方がいいように思います。例えば、「次、どこに行く?」や「お土産、誰に何あげる?」と聞く事などです。考えなければいけない状況は脳を疲労させます。脳トレは、ご自宅で時間があるときにした方がいいでしょう。
気がつきにくいのが体調の悪化です。認知症の方は体の不調をうまく伝えられない場合が少なくありません。例えば、便秘。旅行に出ると、出にくくなってしまう方も多いと思います。お腹のつらさが、認知症の症状を悪化させる原因になる場合もあります。必要ならば事前に下剤を用意しておくのも有効ですね。定期的にお通じがみられると、困らせていた症状が改善したという例もありますよ。
同じようにおなかを壊していたり、頭痛や足腰の痛みなど、周囲が気にしてあげたいですね。体調に応じて早めの対処が効果的だと思います。
夜中にいなくならないために
夜中に突然いなくなってしまうというのは、時々ある話です。その原因のほとんどがトイレと言ってもいいのではないでしょうか。家族といえども気を遣うので、起こさないよう静かに布団から出ます。トイレに行くつもりで廊下をまっすぐ歩くと、たいていは玄関です。鍵を開けるなんて簡単な事なので、静かに解錠。一歩出たらもう戻れません、何せホテルはオートロックですから。
呼び鈴を押せば気がついてくれますが、そんな状況ではないでしょう。もう、トイレに行きたい事も忘れているかもしれません。運良く他のお客様に発見されればいいのですが、何もなければホテル内をさまようことになりますね。
こういったトラブルを避けるには、トイレがどこにあるのかを明確にしたらいいと思います。トイレのドアを開け、電気もつけたままにしておきます。
すぐ見つけられそうにない場所であれば、紙に矢印を書いて誘導するのも効果的でしょう。ただし、「トイレ」だけでなくマークの表示も必要ですね。文字の認識よりも記号の認識の方が効果的な場合が多いのです。
玄関のドアは鍵をかけるのはもちろんの事、ドアガードもしっかりかけておきましょう。それでも不安であれば、大きな音が鳴る鈴などドアノブにかけておくのも一つの方法です。
旅行は自己満足のためにするもの
自己満足という言葉は否定的に使われる事が多いように思いますが、言葉そのものの意味としてはそうではありません。
自己満足…………自分自身に、または自分の言動に、自分で満足すること。
goo辞書より
「独りよがり」や「自己本位」といった周囲に迷惑をかけるような旅行は困りますが、自己満足の旅行でいいのです。そもそも旅行は、自分が楽しみ満足するために行くのですから。実はいろいろとトラブルを起こしやすい認知症の方との旅行。ある意味、何かが起きて当然と思って行った方がいいのかもしれません。つまり「覚悟」が必要なのです。
「覚悟」なんて出来ないから…と、旅行をあきらめたとしても自分を責めないで下さいね。認知症の方を看るのがいかに大変な事なのかは、介護した事がある方なら皆さん知っています。是非、無理をしないで頂きたいです。心穏やかに過ごすのが一番いい事なんて、分かっているんです。それが出来ないからこそ、つらくあたってしまうんですよね。
ただ、もし連れて行ってあげたいと思うのであれば、計画を立て実行してみて下さい。大変な事もあるとは思いますが、いずれいい思い出になり、大変だった事は忘れ去っていくと思います。
いつか一緒に過ごせなくなった時に、「あの時行ってよかった」といい思い出になる日が必ず来ると思っています。いきなり長期間の旅行は負担も大きく、症状を悪化させる可能性は否めません。ちょっとした外出から始め、短期間の旅行を続けていけば、有効な刺激となり認知症の進行を遅らせてくれるかもしれません。何より、その一緒の時間がかけがえのないひとときになると思います。